リアルタイム方式とは

MSA500シリーズは、掃引方式とリアルタイム方式の2方式を搭載しています。
掃引方式は従来のスペクトラムアナライザの方式です。

掃引方式

グラフ:掃引方式

1個のRBWフィルタが指定された掃引範囲を移動して、スペクトルを表示。

周波数スペクトルが掃引中に変化していて、RBWフィルタがある位置に来たと時そのスペクトルが無ければ、上図の赤い点線のようにスペクトルは観測されません。

従って、基本的には掃引方式が扱う信号は、スペクトルが時間で変化しない信号 これを「定常信号」と言います。時間と共に変化する信号は「非定常信号」です。 代表例は変調信号です。

リアルタイム方式

グラフ:リアルタイム方式

沢山のフィルタ(MSA500では1024個)が並列に置かれています。
従って時間内の信号は同時にスペクトル波形に変換されます。

リアルタイムと言われる所以

周波数分解能(FFTビン)に等しいフィルタが並列に並べられているため、ある時間内の信号は同時処理 スペクトルが時間的に変化しても取りこぼしが出ません。 変調信号等の「非定常信号」でも扱うことができます。

高速フーリエ変換FFTとは

リアルタイム方式では、フーリエ変換(Fourier Transform)を用いて時間軸信号から周波数軸信号へ変換します。

時間軸信号f(t) → 周波数軸信号F(ω)

変換式

$$ F(ω)\int_{-∞}^∞ f(t)ε^{-jωt}dt $$

ω=2πf (f:周波数)

高速フーリエ変換FFT (Fast Fourier Transform)とは上式の演算のアルゴリズムを工夫することにより、高速化したものを言います。

窓関数

上式では、-∞から∞までの積分となっていますが、現実にはある時間で切り取られた信号を扱います。

イメージグラフ:フーリエ変換

フーリエ変換では、このT秒間切り取った信号が繰り返されるものとして演算されます。
すると、上図のように不連続点が出てきます。

この不連続点により、下図のようにスプリアスが発生します。

これをサイドローブといいます。

グラフ:サイドローブ

勿論、このサイドローブは邪魔です。
このサイドローブを除去するために窓関数(Window function)を使います。

不連続点をなくすには切り取った波形の前後で下図のようにゼロになっていればよい訳です。

グラフ:窓関数

窓関数は使用目的に応じ、いろいろな種類のものがあります。

  • ハニング
  • ハミング
  • カイザー・ベッセル

MSA500では、4項ブラックマン・ハリスを使用しています。

    特長
  • 汎用性に優れている
  • サイドローブ除去が95dB程度ある
  • メインローブの幅も2ビン弱と適度である
  • グラフ

スペクトルの形状

■掃引方式では、スペクトルの形状を下図のように定義します。

  • RBW (分解能帯域幅) → 掃引モードでは300Hz~3MHzまで設定できます
  • シェープファクタ(選択度) → 3dB:60dB(RBW:BW60)。掃引モードではRBWに依らず1:4.5
スペクトルの形状

■リアルタイム方式では、RBW設定は行いません。

4項ブラックマン・ハリス窓関数のスペクトル図に示したように、どのスパンでもスペクトル形状は同じで下図のようになります。

  • スペクトル形状
  • 実波形

    実波形

ビンとは周波数分解能を表しており、どのスパンでも602ピン(1024ビンの一部)で構成されています。

  • ∴3dB幅=(2/602)×(スパン)
  • また、シェープファクタ=1:4(2ビン:8ビン)

上の画面写真に示したように、画面上ではどのスパンでも同一形状となります。

スパン Δf(1ビン) 3dB幅(2ビン)
20MHz 33.22kHz 66.2kHz
10MHz 16.61kHz 33.2kHz
5MHz 8.31kHz 16.6kHz
2MHz 3.32kHz 6.6kHz
1MHz 1.66kHz 3.3kHz
500kHz 831Hz 1.66kHz
200kHz 332Hz 662Hz
100kHz 166Hz 332Hz
50kHz 83.1Hz 166Hz
20kHz 33.2Hz 66Hz

リアルタイム方式と掃引方式の特長

リアルタイム方式

  • 長所
    1. 突発信号やバースト信号あるいはノイズの様な非定常信号のスペクトル解析を行うことができます。
    2. パワー対時間、周波数対時間、IQ対時間、Q対Iのタイムドメイン解析ができます。
    3. トリガ機能が充実しているので希に発生するスペクトルでも確実に観測することができます。
    4. 掃引モードのオーバーライト機能に比べ、スペクトルの抜けの確率が格段に低くなっています。特に200kHzより狭いスパンでは抜けは生じません。
    5. スペクトログラム解析により、スペクトルの周波数とパワーの時間的変化を観測することができます。
    6. IとQデータに分離しているため、位相変調波などの複雑な信号の変調解析を行うことができます。
    7. 全画面±0.5ppm±1ドットの高い周波数精度です。
  • 短所
    1. 周波数スパンが最大でも20MHzと狭いです。

掃引方式

  • 長所
    1. 周波数スパンが広いので、広い周波数レンジを一挙に観測することができます。
    2. トラッキングジェネレータ機能があります。
    3. EMI測定機能があります。
    4. 従来のスペクトラムアナライザの方式であるため使い慣れており、アプリケーションも豊富です。
  • 短所
    1. 非定常信号を観測することが難しく、Maxホールド機能を使用することにより観測することができる場合でも測定に時間がかかります。
    2. タイムドメインでの解析は〔ゼロスパン〕のみです。
    3. 変調解析ができません。
    4. 画面上の周波数精度はリアルタイムモードに比べ劣ります。

最大スパン 20MHz

掃引方式の最大スパンは3.3GHz@MSA538/538TG/538E、8.5GHz@MSA558/558Eと非常に広いですが、リアルタイム方式での最大スパンは20MHzです。これは3RDIF周波数とAD変換器のサンプリングレートで決まります。但し、無線通信系、特に変調解析ではほとんどのシステムで許容帯域幅が20MHz以下ですので問題ないと思います。

最大スパン 20MHz

I、Qとは何ですか

全体ブロック図を参照して下さい。下図は、その中の3RD IFからIQ変換までを示しています。

図:3RD IFからIQ変換まで

利点

  1. 信号処理で掛け算をしますが、その時イメージが発生しません。
    • 実数での掛け算$$(f_A×f_B)$$ 結果:$$fA+fB$$と$$fA-fB$$(イメージ)
    • 複素数での掛け算$$(f_A×f_B)$$ 結果:$$f_A+f_B$$
  2. 簡単な計算で時間解析ができます。
    ≪パワー対時間≫、≪周波数対時間≫、≪位相対時間≫、≪I,Q対時間≫、≪Q対I≫
  3. 入力信号が変調波であれば、IとQデータからEVMやコンスタレーションを求められる。

豆知識

  • I In-phase(同相)
  • Q Quadrature(直交位相)

リアルタイム方式はこんな事も得意

1.時間解析

リアルタイムモードでは、アナログ信号である3RD IFがAD変換機でデジタル化され、その後I、Q分離されていますのでいろいろな時間解析ができます。

サンプリング周波数fs=34MHz×(指定スパン/20MHz)

図:時間解析
  1. パワー対時間解析
    • パワー=(Vi2+Vq2)/50

      バースト的に現れ、デジタル的に変調されたASK変調波などを測定できます。

    • ETCのASK変調波

      ETCのASK変調波
  2. 周波数対時間
    • 周波数=(φnn-1)/360Ts

      FM変調された信号を観測できます。

      • φn:現時点での位相
      • φn-1:1つ前のサンプルの位相
      • Ts:サンプリーングレート(1/fs)
    • FM変調波

      FM変調波
  3. 位相対時間
    • 位相=tan-1(Vq/Vi)

      QPSK変調波の位相が、時間的にどのように変化しているか観測できます。

    • QPSK位相波形

      QPSK位相波形
  4. I、Q対時間
    • 縦軸:Vi及び Vq 、横軸:時間

      QPSK など位相変調のIとQの時間波形を直接観測できます。 ViとVqの2波形表示です。

    • QPSKのI,Q波形

      QPSKのI,Q波形
  5. Q 対 I
    • 縦軸:Vq 、横軸:Vi

      デジタル位相変調の初期位相補正なし、かつ周波数補正なしの生のコンスタレーション波形を観測できます。

    • BPSKのコンスタレーション

      BPSKのコンスタレーション

2.スペクトラム解析

  • スペクトログラムは、周波数の時間的変化をX-Y軸で、パワーの時間的変化をX-Y軸で、パワーの時間的変化をX-Z軸で観測することができます。
    Z軸の大きさは色で表示されます。
  • スペクトラム解析

応用

  • ZigBeeの周波数ホッピング波形の観測

    ホッピングした周波数の安定までの時間とパワーの安定までの時間を観測することができます。

  • ZigBeeの周波数ホッピング波形の観測

3.オーバーライト解析

  • オーバーライトは、1フレーム毎のスペクトル波形を重ね書きして表示する機能です。毎秒720画面の速度でスペクトル波形を連続的に蓄積することができます。発生頻度は色で表示されます。

    《掃引方式のオーバーライトとの違い》

    掃引方式では蓄積速度が非常に遅い。例えば掃引速度100msの時の蓄積速度は毎秒5画面。

  • オーバーライト解析

応用

  • 希に出る不要スペクトルの観測

    通信系を乱す不要スペクトル(スプリアス)が希に現れることがあります。リアルタイムモードでもスパンが広い場合は抜けが生じますが、蓄積時間を長く設定することにより、スプリアスを捉える確率がが上がります。

  • 希に出る不要スペクトルの観測

4.変調解析

MSA500シリーズは、I、Q分離されたデータを使って変調解析を行うことができます。

  • 16kフレームIQメモリ:MSA500シリーズは、16Kフレーム(64Mバイト)の大容量IQメモリを内蔵
  • USBインターフェース:IQメモリからUSBインタフェースを介してPCへ19ms/フレームで高速転送
  • PC:転送されたIQデータをPC内にストア
  • 変調解析ソフト:EVM測定やコンスタレーション表示などの変調解析
    ※変調解析ソフトはユーザー側で作成する必要があります。

トリガという概念

掃引方式では、基本的にトリガという概念がありません。定常信号を扱うことが根底にあるからです。
しかし、リアルタイム方式では時間軸で捉えた信号に対してFFT処理を行っています。つまり、捉えたい所でトリガをかけることができます。バースト的に発生する変調波などの非定常信号の測定には最適です。

トリガという概念1

波形の捕捉範囲はトリガ、プリトリガ、スパンで決まる。

トリガという概念2

1.トリガ

  1. チャネルパワートリガ
  2. チャネルパワートリガスパン内を5チャネルに分割(CH1~CH5)し、その中の指定されたチャネルの全パワーの瞬時値がトリガ設定値を横切る時、トリガが発生します。
    立上り/立下りのスロープ設定もできます。バースト信号を捉える時に便利です。

  3. パワートリガ
  4. パワートリガ表示画面内の全パワーの瞬時値がトリガ設定値を横切る時、トリガが発生します。
    立上がり/立下がりのスロープ設定もできます。

  5. IFレベルトリガ
  6. IFレベルトリガIF信号(17MHzで変調されている)のレベルがトリガ設定値を横切る時、トリガが発生します。
    立上り/立下りのスロープ設定はできません。

  7. 外部トリガ
  8. EXT TRIGコネクタに入力された外部信号でトリガが発生します。入力電圧範囲は1~10Vp-p、周波数範囲はDC~5MHzです。立上り/立下りのスロープ設定もできます。

2.プリトリガ

プリトリガの設定により、トリガ点以前の信号を解析することができます。プリトリガが0%のときはトリガ点以後の信号、50%のときはトリガ点以前が半分、以後が半分の信号、100%のときはすべてトリガ点以前の信号が解析されます。25%ステップでポジションを設定することができます。

プリトリガ

3.スパン

フレーム時間は、スパンで決まります。

スパン サンプリングレート フレーム時間
20MHz 34MHz 30.12μs
10MHz 17MHz 60.24μs
5MHz 8.5MHz 120.5μs
2MHz 3.4MHz 301.2μs
1MHz 1.7MHz 602.4μs
500kHz 850kHz 1.205ms
200kHz 340kHz 3.012ms
100kHz 170kHz 6.024ms
50kHz 85kHz 12.05ms
20kHz 34kHz 30.12ms

製品ピックアップ

シグナルアナライザ MSA500シリーズ

高速フーリエ変換(FFT)によるリアルタイム方式と、従来の掃引方式の2方式を搭載。両方向のそれぞれの長所を利用可能。

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